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ユーザビリティ評価テンプレートの開発物語

■開発の背景

今日、インタフェースデザインでは、開発プロセスを反復的に行うことが推進されているが、その中で、簡素なプロトタイプ(ラピッドプロトタイピング:Rapid Prototyping)によって開発速度を速めながら繰り返し設計することが望ましいとされ、その重要度は年々高まっている[1]。

このプロトタイプは、極めて簡素な低忠実度のペーパープロトタイプと、高度な描画ソフト(含む、高価な専用ソフト)やプレゼンテーションソフトなどの高忠実度のツールを利用したものに2極化している[2]。しかし、その間の中忠実度のものがなく、企業の現場から長く求められていた。

また、現在、描画ソフトはディレクターやフラッシュが用いられている。しかし、そのソフトの操作を覚えることも易しくなく、プロトタイプを迅速に制作できるものではない。他方、比較的操作が容易なガイオテクノロジー社の「プロトビルダー」等があるが数百万と高額で一般的ではない。


■パワーポイントへの着目

このような背景のもと、知人の大学教授から英国の大学研究機関で、パワーポイントの操作による画面遷移の事例紹介があった。これは、開発の下流で用いられるハードの光造形技術を支援するツールという位置づけであった。しかし、この事例から、研究者らは開発の川上に用いることのできる中忠実度のラピッドプロトタイプの可能性に対する強い示唆を受けた。

そこで、パワーポイントに関する文献調査とネットによる調査により、ハイパーリンク機能やVBA (Visual Basic for Applications) などの機能によって制作が可能なのが明らかになった。

その判明した内容例を挙げると、ボタンなどオブジェクトのクリックにより様々な画面遷移が起こせる。例えば、スライドの移動「ハイパーリンク」やレスポンスの確認のための「サウンドの再生」、少し高度な技術ではあるがVBAを使えばオブジェクト自身の「色の変更」まで可能で、汎用性に富んでいる。現在のプロトタイプ制作に用いられている「ディレクター」や「フラッシュ」と違い、タイムラインやレイヤーなどの概念がないので、それらと比べ操作が容易で初心者へのハードルが低いことが示された。

なお、詳しくは、拙著「PowerPointによる、インタフェースデザイン開発」(工業調査会、2009年7月)で解説してある。

そして、研究者らは、ディレクターで制作されたプロトタイプと同じものをパワーポイントで制作し比較を行った(図1)。表1 のパワーポイントとディレクターの比較結果からわかるように、パワーポイントの方がプロトタイプの制作が容易であることが示された。

特に、パワーポイントは、(1)短時間かつ容易に制作可能、(2)複数のPPの分担作業が可能で速く作れ、後での修正が容易、(3)Macでも動き、OSが変わっても過去のファイルが動作可能、の3項目が企業現場にとって大きな利点となる。なお、ディレクターでの制作では上級者が約3日であったが、パワーポイントでは初心者は約3時間という驚くべきものであった[3]。

一方、この比較結果をいくつかの企業にその内容を紹介した。また、企業向けのセミナーでも本手法を講演した。その両者とも期待していたとおりの大きな反響があった。また、このようなものはできないかという数種類の貴重な要望も寄せられた。特に、人気のアップル社のiPhoneのアニメーションによるインタフェースデザインも容易に対応できないかと強く求められた。そこで、アニメーション機能を用いた検討の結果、極めて特殊な場合以外は、プロトタイプとして実用可能であることが判明した。

研究者らの企業経験から予測したとおり、企業の現場では、このアイデアスケッチに相当する段階の簡潔なプロトタイピング手法が希求されていることが実感として理解された。

図1 パワーポイント(左)とディレクター(右)の比較画面
図1 パワーポイント(左)とディレクター(右)の比較画面

 

表1 パワーポイントとディレクターの比較結果
表1 パワーポイントとディレクターの比較結果


■実証実験

前述の企業でのプレゼンテーションと企業向けのセミナーの参加者から、このパワーポイントで制作したプロトタイプを用いたユーザビリティ評価のためには、(1)操作履歴データ取得、(2)評価前後のアンケート調査への対応、が必要という意見が多く頂いた。

そのためには、この2項目を実現するには使用者にVBAプログラムの知識が必要となる。しかし、実践的なツールとするためには、プログラムの知識がなくても使えなくてはならない。そこで、「誰でもがプログラムを意識しなくても使える」ということをデザインコンセプトに、VBAプログラムが前面に出ないテンプレートの考え方を採用した。

開発したテンプレートの構成は、図2に示すように、パワーポイントでは、(1)被験者情報の入力、(2)操作履歴の取得、(3)総合評価としての主観評価の3種類である。そして、これらから自動的に得られたデータを、エクセルでの(4)履歴データの解析のソフトで分析する。なお、パワーポイントで制作するプロトタイプは、制作完了後に、「操作履歴」のテンプレートにリンクする(図3)。

図2 開発ツールのシステム図
図2 開発ツールのシステム図

 

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図3 テンプレートのフロー図

 

次に、(1)提案のパワーポイントによるプロトタイプ手法が現場のデザイナーが実務に適用できるか、(2)開発したテンプレートが実務でのユーザビリティ評価に適用できるか、の2点の検証するために、企業に依頼して実証実験を行った。

このデザイナーが実務へ応用可能かの検証するために、2008年5月に協力企業にて使用法のセミナーを開催した後、7月から企業担当者がプロトタイプを制作して、テンプレートによるユーザビリティ評価実験を行った。その結果、いくつかの問題点が抽出され、その改善策として、例えば、スライド名の入力ソフトの制作などを行ったが、大きな問題もなく、実務に適用可能なことが示された[4]。


■今後の展開

まず、開発のテンプレートの利点をまとめると、(1)プログラムの知識がなくても操作履歴を取得できる、(2)迅速、かつ容易にユーザビリティ評価が可能、の2点である。

今後の展開として、企業側のさらなる期待としては、操作履歴解析テンプレートの充実の要望が強かった。今回の操作履歴解析テンプレートでは、定量評価で一般的な「タスク所要時間」と「エラー率」を求めるプログラムは搭載している。しかし、この指標では、比較するプロトタイプの優劣は評価(順評価)できるが、因果関係である「操作の停滞」や「誤操作の箇所」を抽出する逆評価に対する要望が企業側から大きかった。

現在は、この「操作の停滞」と「誤操作の箇所」の抽出は、定性的なプロトコル解析による実験者の大変な作業で行っている。これをある程度定量的に抽出する手法を、企業の現場から強く切望された。かなり難易度の高い課題であるが、目下、研究者らは、階層的タスク分析法を応用したグラフ化による解析法を研究している[5]。遠くない将来、新たなテンプレートとして提供することを目指している。

また、プロトタイプの制作でも、企業で広く導入されると各種の要望が寄せられると期待している。それらを編集して、メールマガジンで提供して行きたいと思っている。

一方、開発のテンプレートは海外の研究者にも注目を浴びており、すでに韓国語版の書籍刊行とテンプレートの配布は計画中である。また、随時、台湾での中国語版や英語版も積極的に進めて行きたいと考えている。

ところで、共同研究者の院生の岸本寛之君は、3年次に本研究計画を立案した際に、学生が自ら2007年度の第6回キャンパスベンチャーグランプリ中国(経済産業省などが主催)に、「インタフェースデザイン開発ツールの研究と制作」と題して応募した。その結果、幸運にも、優秀賞(報通信部門、NTTドコモ中国賞)を受賞した。

●参考文献

[1] 「ユーザビリティハンドブック」編集委員会編:ユーザビリティハンドブック(4.3 プロセス3:解決策のデザインへの取組み)、共立出版、pp.32-34、2007
[2]キャロリン・スナイダ−(著)、黒須正明(訳):ペーパープロトタイピング、オ−ム社、2004
[3] 井上勝雄、岸本寛之、酒井正幸:パワーポイントを用いたインタフェースデザイン開発支援ツールの研究、日本人間工学会第49回大会、pp.280-281、2008
[4] 岸本寛之、井上勝雄、酒井正幸:パワーポイントを用いたインタフェースデザイン評価ツールの開発、第3回日本感性工学会 中四国・九州支部大会支部大会、pp.36-37、2009
[5] 岸本寛之、井上勝雄:プロトタイプ操作データの階層分析法の試案、日本人間工学会第50回記念大会予稿集、pp.318-319、2009


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